(新春特別企画・超短編小説)日本から「競馬」が無くなる日(2014.1.1)
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※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・事件は、実在のものとは全く関係がありません。
20XX年12月2X日(日)
有馬記念が行われる時期に、中山競馬場に雪が降るのは珍しいことではない。
前日の中山大障害が雪で中止になった年もあった。
有馬記念のレース終了後、
優勝馬の口取り(記念撮影)の時に雪が降り始めた年もあった。
しかし、有馬記念のレースそのものに影響を与えるような雪が降るとは・・・。
しかも最後の有馬記念である。
この年を最後に日本中央競馬会(JRA)が廃止となり、
もう日本で競馬が行われることはないという、
「日本競馬最後の年」の「最後の日」に行われる有馬記念が
雪で中止を余儀なくされるとは・・・。
昼頃から降り始めた雪は次第に激しくなり、
準メインレースの頃には、中山競馬場の向正面が見えにくい状況になっていた。
それでも有馬記念の出走馬たちはパドックを周回していたのだが・・・。
芝コースは既に真っ白になっていた。
しかもゴール板前付近からは4コーナーは全く見えない。
確かにこれでは中止もやむを得ない。
最後の有馬記念は雪でレースすら行われないまま、終わってしまった。
テレビ中継のスタジオで、
解説を務めるかつての名ジョッキー・多気由鷹(たきゆたか)さんは唇を噛んだ。
「最後の有馬記念だというのに・・・」
多気さんの後輩にあたる、JRAに所属する全ての騎手たちが
雪で覆われた芝コースに姿を見せた。
「競馬廃止」のセレモニーが予定よりも早く始まった。
有馬記念の日は阪神競馬場で騎乗する騎手もいるのでは?
と思われた方もいるだろう。
しかし今のJRAにおいて、
1日に2箇所の競馬場で開催をする経営体力はない。
かつては10箇所あった競馬場だが、
まずは札幌・函館・福島・新潟・小倉の5場が「売上の低下」を理由に閉鎖となり、
続いて京都・阪神・中京も閉鎖に追い込まれた。
この20XX年にJRAが競馬開催を行った競馬場は
東京競馬場とこの中山競馬場の2箇所のみ。
この2つの競馬場で交互に開催が行われていた。
そんな競馬開催も、この日をもって打ち止めとなる。
全ての騎手を代表して、
日本騎手クラブ会長の青岡新次(あおおかしんじ)騎手がマイクの前に立った。
「我々の力不足で、廃止という事態になってしまったことを、
ファンの皆さんにお詫びします」
涙声だった。
青岡騎手はJRAでデビューした騎手ではない。
彼は高知競馬出身の騎手だった。
その高知競馬はもちろん、
道営やばんえい、岩手、南関東、金沢、名古屋、笠松、園田、佐賀など、
かつて存在した地方競馬はもう全て姿を消した。
青岡騎手は自分が所属した高知競馬が廃止となった年に、
何とかJRAの騎手免許試験に合格して、JRAに移籍した騎手だった。
かつて自分が活躍した高知競馬が廃止となった悔しさを
全てぶつけるかのような騎乗スタイルは、
多くのファンの共感を呼び、JRAでも「トップジョッキー」と呼ばれる存在となった。
しかし、その青岡騎手が今度はJRAで2度目の「廃止」を経験しようとしている。
IPATでの発売などにより、一時は売上が回復しつつあった地方競馬だが、
一つの事件が全ての状況を悪化させた。
その事件とは、ある競馬場で発生した「八百長事件」であった。
馬主、調教師、騎手などの厩舎関係者の他、
その競馬場の職員や地方競馬全国協会(NAR)の職員からも逮捕者が出たこの事件は、
事件そのものよりも別の理由で、地方競馬からファンが離れる結果を招いた。
この事件が語られるようになったきっかけはインターネットだった。
そのインターネットの騒動を地元一般紙や週刊誌も取り上げて記事にした。
だがその競馬場主催者も、NARも、本腰を入れて調査をすることはなかった。
インターネットで語られるようになってから逮捕者が出るまで要した年月は3年半。
あまりにも時間がかかり過ぎた。
ファンたちは彼らの隠蔽体質に疑問を抱くようになる。
そして「他の競馬場でも同じことが行われているのでは?」という疑念から、
多くのファンは地方競馬の馬券を買わなくなっていった。
批判はIPATで地方競馬の馬券を売っていたJRAにも向けられた。
やむなくJRAは地方競馬IPATのサービス中止を決断する。
地方競馬IPATのサービス中止。
再建の切り札を失った地方競馬のダメージは大きかった。
そして同様に地方競馬の馬券をインターネット発売していたIT企業も、
コンプライアンスを理由に事業から撤退。
そして各競馬場は相次いで「廃止」に追い込まれたのだった。
「彼らはそれぞれの競馬場で協賛レースを実施し、
その協賛金をどの競馬場も広報・宣伝の資金として活用していた筈。
こうしたIT企業は、そしてこの企業協賛の流れを仕切っていた広告代理店は、
どうして疑惑解明に取り組もうとしなかっただろう?
早い段階で疑惑解明をし、早い段階で逮捕者が出ていれば、
その公正確保に対する取り組みが、逆に信頼につながった筈なのに・・・」
当時、ある競馬Webサイトの管理人が地方競馬のインターネット馬券発売を行っていた
IT企業について、そんなことを嘆いていたことを思い出す。
彼はそんなIT企業から自分のサイトの記事について、
強硬に削除を求められた経験を持っていた。
その怒りを今でも忘れていないという。
そのIT企業は「地方競馬発展のため」と言いながら、
最後は簡単にその地方競馬を見捨てたのだ。
彼は同時にこんな指摘も付け加える。
「地方競馬の広報・宣伝に関わっていた広告代理店も同罪だよ。
ネガティヴな言論を全て封じようとしていたのだから。」
地方競馬IPATのサービスを中止して、
自分たちは地方競馬とは違うことを強調したかったJRAだが、
競馬に詳しくない人にとっては、
「中央競馬」も「地方競馬」も同じ「競馬」にしか見えない。
競馬場に足を運ぶ人々、馬券を買う人々、
そして生産牧場など競馬関連産業に従事する人々を蔑視する風潮も見られるようになった。
信頼を失った「競馬」を主催するJRAは、急速な規模縮小を余儀なくされる。
そしてこの20XX年の有馬記念を最後に「廃止」を決断したのだった。
雪はまだ降り続いている。
スタジオの多気さんは目が真っ赤だった。
「私が現役だった頃、私が日本騎手クラブの会長だった頃、
もっとやらなければならない事があったのだと思います。
でも出来ませんでした。
何もしませんでした。
ファンの皆さん、申し訳ありません。」
多気さんはカメラの前で頭を下げる。
そんな多気さんの姿をテレビで見た視聴者がTwitterに、
「多気さんのせいじゃない。多気さんだけのせいじゃないのに・・・」
というツイートを残す。
競馬にロマンを求めてきた人たち、
馬たちの走りにたくさんの勇気や感動をもらった人たちの想いは皆、同じだった。
セレモニーが終わり、整列していた騎手たちの姿はコースから消えた。
そのコースには冷たい雪が降り積もっていた。
(終わり)
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私・菅野はこんな日本競馬の「未来」を期待しているつもりはありません。
でも、全くあり得ない「未来」ではないと思っています。
そんな「未来」が到来しないことを祈りつつ、
2014年も競馬情報の発信を続けたいと思います。
今年もよろしくお願い申し上げます。
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