変化する「考え方」
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本日は自宅アパートにおります。
そろそろ大掃除を始めなければ・・・。
選挙があった直後とということで
「政治」について考える機会が多い昨今ですが、
ここ2~3日のテレビ等の報道を見ながら考えた事を少々。
学生時代に政治学の授業を受けた時のこと。
当時、先生が語る「政治とは?」について、
違和感を感じたことを覚えています。
その先生が語る「政治」の定義とは、
「10年後」「20年後」「50年後」などといった未来・将来に、
・自分の住む「国」「地域」がどんな社会になっているか?
・そしてどんな社会であるべきか?
を考えること
こんな感じでした。
その先生は「未来年表」のような感じで未来・将来をイメージする、
それが政治であるという説明をしていました。
私がこの話に違和感を覚えたのは次の2点が理由でした。
まずはそのイメージする社会を実現する為の方法論が必要であり、
「~になる」ではなく「~をする」といった方法論を語らない、
実現性に乏しいものが「政治」なのだとしたら、
そんな「政治」には何の意味もないのでは?という点。
そして未来・将来というものは天災など予測が難しく、
イメージする上で障害となる出来事も起こり得るのだから、
考えることに何の意味があるのか?という点。
その違和感は大学を卒業して社会人となってからも
しばらくの間は変わることがありませんでした。
ビジネスの世界において「出来ない事」を「出来ます」と言って
トラブルを引き起こすのは、
その個人・企業の信用を低下させる原因となります。
だから実現性に乏しい未来・将来をイメージすることが「政治」なのだとしたら、
そんな「政治」に何の意味があるのだろう?
若い頃はそう考え続けていました。
しかし30代になり、
このサイトを運営する過程で、
地方競馬の存廃問題に関して
現場の調教師や騎手、厩務員といった人たちから話を直接聞く機会があったり、
関係する地方議員さん達の動きなどを見ているうちに、
学生時代にその先生が語った「政治」の定義を思い出す機会が多くなりました。
そして40代になり、
昨今の原発問題などの社会問題と「政治」の関係性を見ているうちに、
学生時代に教えられた「政治」に抱いた違和感は間違いだったのかな?
と思うようになりました。
ビジネス上においては否定されるべき「実現性に乏しい話」も
「政治」の世界では尊重されなければならないのではないでしょうか?
言い方を変えれば「実現性に乏しい話」でも、
その「国」や「地域」に存在する社会で人間が生きていく為に必要であるのだとしたら、
それは語り続けなければならないのではないでしょうか?
もちろん「1年」とか「2~3年」の間に実現不可能な事を
「実行します」と選挙で公約して、
その公約を果たせないような政党・政治家は不要だと思います。
でも「確実に実現できること」しか言わない政党・政治家に何の魅力も感じません。
今は不可能でも「10年後」には出来ることもあるかもしれません。
また自分やその周囲の人たちではその方法論は見つからなくても、
別の所にその方法論を持っている人たちがいるのかもしれません。
よく「政治」を「企業」に例えてモノを言う人がいます。
私も20代の頃は全く同じモノだと思っていました。
でも今はそうではないような気がします。
歳を取ったからそんな事を考えるようになったのか?
逆に年齢と共にどんどん考え方が若返っているのか?(笑)
環境の変化が考え方を変化させているような気もしますが。
俺、間違っているのかな?
そろそろ大掃除を始めなければ・・・。
選挙があった直後とということで
「政治」について考える機会が多い昨今ですが、
ここ2~3日のテレビ等の報道を見ながら考えた事を少々。
学生時代に政治学の授業を受けた時のこと。
当時、先生が語る「政治とは?」について、
違和感を感じたことを覚えています。
その先生が語る「政治」の定義とは、
「10年後」「20年後」「50年後」などといった未来・将来に、
・自分の住む「国」「地域」がどんな社会になっているか?
・そしてどんな社会であるべきか?
を考えること
こんな感じでした。
その先生は「未来年表」のような感じで未来・将来をイメージする、
それが政治であるという説明をしていました。
私がこの話に違和感を覚えたのは次の2点が理由でした。
まずはそのイメージする社会を実現する為の方法論が必要であり、
「~になる」ではなく「~をする」といった方法論を語らない、
実現性に乏しいものが「政治」なのだとしたら、
そんな「政治」には何の意味もないのでは?という点。
そして未来・将来というものは天災など予測が難しく、
イメージする上で障害となる出来事も起こり得るのだから、
考えることに何の意味があるのか?という点。
その違和感は大学を卒業して社会人となってからも
しばらくの間は変わることがありませんでした。
ビジネスの世界において「出来ない事」を「出来ます」と言って
トラブルを引き起こすのは、
その個人・企業の信用を低下させる原因となります。
だから実現性に乏しい未来・将来をイメージすることが「政治」なのだとしたら、
そんな「政治」に何の意味があるのだろう?
若い頃はそう考え続けていました。
しかし30代になり、
このサイトを運営する過程で、
地方競馬の存廃問題に関して
現場の調教師や騎手、厩務員といった人たちから話を直接聞く機会があったり、
関係する地方議員さん達の動きなどを見ているうちに、
学生時代にその先生が語った「政治」の定義を思い出す機会が多くなりました。
そして40代になり、
昨今の原発問題などの社会問題と「政治」の関係性を見ているうちに、
学生時代に教えられた「政治」に抱いた違和感は間違いだったのかな?
と思うようになりました。
ビジネス上においては否定されるべき「実現性に乏しい話」も
「政治」の世界では尊重されなければならないのではないでしょうか?
言い方を変えれば「実現性に乏しい話」でも、
その「国」や「地域」に存在する社会で人間が生きていく為に必要であるのだとしたら、
それは語り続けなければならないのではないでしょうか?
もちろん「1年」とか「2~3年」の間に実現不可能な事を
「実行します」と選挙で公約して、
その公約を果たせないような政党・政治家は不要だと思います。
でも「確実に実現できること」しか言わない政党・政治家に何の魅力も感じません。
今は不可能でも「10年後」には出来ることもあるかもしれません。
また自分やその周囲の人たちではその方法論は見つからなくても、
別の所にその方法論を持っている人たちがいるのかもしれません。
よく「政治」を「企業」に例えてモノを言う人がいます。
私も20代の頃は全く同じモノだと思っていました。
でも今はそうではないような気がします。
歳を取ったからそんな事を考えるようになったのか?
逆に年齢と共にどんどん考え方が若返っているのか?(笑)
環境の変化が考え方を変化させているような気もしますが。
俺、間違っているのかな?
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