[日記]あの頃は地方競馬所属馬の方がJRA所属馬より強かった、と個人的には思っています
本日は、例の外出先から帰宅後、自宅アパートで日記を書いています。
私が「競馬Webサイト管理人」を始める以前に生で観ていた、地方競馬に所属していた名馬がこの世を去りました。
大井競馬場で人の波をかき分けるようにして観た、1998年の東京大賞典(大井)が忘れられません。エムアイブランだとか、グルメフロンティアだとか、キョウトシチーだとか、JRAのダート戦線でトップクラスの馬たちも出走していたレースでした。
しかし、勝ったのは船橋のアブクマポーロで、2着に岩手のメイセイオペラが入り、3着も大井のコンサートボーイでした。アブクマポーロは2走前の南部杯(盛岡)でメイセイオペラに敗れていました。この東京大賞典は、そのリベンジを果たした一戦でもありました。そしてメイセイオペラは翌1999年のフェブラリーSで地方競馬所属馬初のJRA・G1勝利を飾るという・・・。
賛否両論あるかもしれませんが、あの当時のダート戦線は、地方競馬所属馬の方がJRA所属馬よりも強かったのでは?アブクマポーロ自身も、1997年にJRA・中京の東海ウインターS(現在の東海S)を制しているのですし。
アブクマポーロよ、お疲れ様。これからは天国から、日本のダート戦線を見守ってください!!