[日記]未だに辛いです
今日は3月11日(土)。あの東日本大震災から6度目の「3.11」ということになります。
昨年の「3.11」の後、熊本地震という大きな地震がありました。熊本地震関連のニュースの中で、こんなニュースがあったことを覚えています。被災地にボランティアとして足を運ばれた方の中に、東日本大震災で被災された東北地方の方がいた、というニュースでした。その被災された方の地域は決して「復興した」とは言い難い状況でした。東北地方の被災地にそんな状況の場所はまだまだたくさんあります。
大きな災害が発生し、ある程度の時間が経つと、「復興」というキーワードがメディアを中心に目立つようになります。それは被災せず、命を失わずに済んだ人間たちの義務だ、という言い方をする人もいます。確かにその通りかもしれません。でも、日本という国は、こうして「復興」に取り組んでいる最中に、こうして別の大きな災害が襲い掛かってくる。誰が悪い訳でもありませんが、避けて通ることもできません。きっと、東北地方や熊本の人たちが「復興」に取り組む最中にも、また別の場所で大きな地震が発生するに違いありません。そして「復興」というキーワードを元に右肩上がりとなっていた経済は再び停滞します。そして積み上げた積み木が簡単に崩れるように、全てがご破算となる人もいる・・・。
日本に生きている限り、この宿命から逃れることはできないのでしょう。もちろん、備えは必要ですが、自然災害に対して人間ができることには限界があります。「備え」に足を引っ張られて、思うように前に進めなくなってしまっても、本末転倒のような話になってしまうし・・・。
あの「3.11」から6年が経って、未だに命がある以上、歩みを前に進めるしかありません。でも、またどこかで積み上げたものが簡単にゼロに戻ってしまう可能性に対して、覚悟を持たないといけません。どんなに備えても、避けて通ることができない宿命が待っていることを、どこかで意識しなければならないのでしょう。過去の「3.11」の日にも書きましたが、自分が直接被災していなくても、ビジネス上の繋がりがある場所が被災した場合、その為に自分のビジネスがご破算になってしまうケースもあるのです。そうなったとしても、被災者のような顔も、被害者のような態度を取ることもできません。全ては自己責任として受け止めなければなりません。
東日本大震災から1年後、当時の日記でこんなことを書きました。
あの当時、私が住んでいた木造アパートもかなり揺れました。その後の余震も「このアパート、潰れるんじゃ・・・」と思いました。潰れてしまって、その下敷きになっていたら、きっとこんなことを考えなくても済んだのかな、と思うことがあります。もちろん、あの時に命を落とされた方との比較で考えると、トンデモナイ話であることは言うまでもないのですが。でも、未だに辛いです。「自分が生きている価値」について、悩み続けなければならないのですから。
暗い話になってしまい、申し訳ありません。